今日はこのニュースをどうぞ↓
『東京っ子の問題解決能力 「見通す力」不足』
まずは一言・・・
ゆとり教育は着実に成果を発揮ですね
今の教育で、「見通す力」がつく方がすごいわ。
先日、新聞記事に昭和の時代と平成の時代の授業日数がグラフで示されていた。
詰め込み教育がピークだったのは昭和44年。
昭和50年代から徐々に授業数が減る傾向(4分の1程度の減少)になるのだが、
それでも今ほどではない。
授業数が最も多かった昭和44年代と、ゆとり教育が始まった平成10年を比べてみると、
なんと!授業数が3分の1になっているではないか。
半分減ったとしても驚きなのに、それ以下の授業日数なのだ。
来年からゆとり教育に見直しがかかり、授業日数が増えるが、
それでも3分の1が3分の1.5くらい・・・0.5くらいの数しか
授業日数が増えないのだ。
それが小学校での話しなら、まだなんとなく取り返しがつきそうなのだが、
中学校の方が授業日数が極端に少なくなっているという驚くべき結果。
昔は「学校の勉強さえちゃんと理解していれば高校くらい行ける」という
時代もあったが、今の授業日数で高校入試に臨むのは無理といもの。
塾が喜ぶのも無理はない。
文部省は塾の回し者か?と思いたくなるくらいの手抜きぶりだ。
これでマトモな教育が施されてると言えるのであろうか?
国というのは、国民の知識や学識の高さで向上するもの。
頭に入れて知識は、なんびとたりとも盗むことは出来ない。
国民総白痴化のような状態になってしまったら、国がマトモに維持できるワケがない。
今までの日本は、子供達の知識や学識向上を義務教育で行ってきた。
だから優秀な人材が多かったのだが、今の日本はどうだろうか?
ゆとり教育が始まってから、人間なのか野生動物なのか判らないような人が増えたように思わないだろうか?
これは教育の低下が意味するものであると思う。
日本は愚民化計画続行中ともいう「ゆとり教育」をやめるべきだ。
子供に何の苦労もしてないうちに、ゆとりなんて教えてどうするのだ?
ゆとりとは散々働いたり努力してきた人に与えれるものだ。
努力を教える前にゆとりを教えるから、子供達は自分勝手に育ってしまう。
それで本当に良いのだろうか?
最近では、教育格差なんて言葉をやたらに聞くが、この授業数の激減ぶりを見たら、
やはり親が心配になり、必死に塾に通わせ、私学に入れたがる気持ちも判らないではない。
しかし、それをよしとする文部省は何の為にあるのだ?
子供の教育や未来を考えるのが文部省ではないのだろうか?
塾に依存するような文部省ならいらない。